佐世保簡易裁判所 昭和40年(ろ)119号 判決
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〔判決理由〕(1)、思うに、昭和三五年法律第八三号をもつて追加された刑法第二六二条ノ二における境界毀損罪は、所有権、地上権、借地権、小作権をはじめ、土地に関する権利の単位の範囲に重大な関係をもつ「境界の明確性」を保護法益とし、その境界は、必ずしも正しい法律関係を示している必要はないが、境界が慣習的に、また、関係者の明示又は黙示の合意により、或いは権限ある公の機関の行為などによつて、一般的に境界と認められるものであることは必要であると解されるが、右権利の単位の法律関係に占有権をも含ましめるや、殊に本件の場合のように、他人の土地を自己の所有に属するものと誤信して正当の権原なく占有し、その誤信に基いて関係者が暗黙の合意をした本件境界のごときをも、本罪の保護法益に含ましむるや否やについては甚だ疑問とせざるを得ないが、「刑法第二四二条、第二五一条の規定をもつて、正権限により他人の占有する自己の財物の場合に限り適用さるべきもの」とした大審院判例(大正七年九月二五日、刑録二四輯一二一九頁)を変更して、「刑法における財物取得罪の規定は、人の財物に対する事実上の所持を保護しようとするものであつて、その所持者が法律上正当にこれを所持する権限を有するかどうかを問わず、物の所持という、事実上の状態、それ自体が独立の法益として保護され、みだりに不正の手段によつて侵害することを許されない法意である」とする最高裁判例(最高昭和三一年(あ)第四二八二号事件、昭和三四年八月二八日、第二小法廷判決、最判集一三巻一〇号二九〇六頁)の趣旨から推考すれば、占有権(不法占有の場合も含む)の境界をも、境界毀損罪の対象に含ましむべきものであると解する。
(2)、しかしながら、すでに第一項において認定したとおり本件境界は、共に被告人の所有に属する前記四三六番地と三九三番地の三、両地間の境界であり、右境界に接する本件係争地である四三六番地については、昭和三六年秋頃以降被告人の本件境界毀損行為当時まで、二年数か月間にわたり北川トメは勿論、その他何人もこれを事実上占有したことはないのであるから、占有の事実がない以上占有権も成立するいわれはなく、従つて、本件公訴事実における被告人の境界毀損行為は自己の所有のみ属する両地間の境界の毀損行為というべきであり、その行為は民法第二〇六条に規定する所有権の権限内の適法行為と認定できるから、刑法第三五条の法令に因る正当行為として処罰の対象外というべきである。
(3)、この点につき、検察官は「所有権の帰属につき、現に係争中の土地について境界を不明ならしめる行為は境界毀損罪を構成する。」と主張するところ、なるほど土地に対する所有権の帰属につき、争いがある場合においては、民事裁判によらなければ最終的にはその所有権の帰属を確定できないことは当然であるから、道義的観点に立てば、民事裁判の結果を俟たず境界を不明ならしめた行為は、穏当を欠くものであるが、被告事件が罪となるや否やの前提事実として、係争地に対する所有権の帰属につき刑事裁判においても判断すべきは当然の理でもあり、しかも、被告人が本件境界の毀損行為をなした時点を基準として、本件係争地である四三六番地に対する被告人の所有権を否定し得ないことは、すでに第二項において詳論したとおりであり、しかも検察官の所論は右時点において北川トメが右四三六番地を占有している事実を前提とするものであるところ、その占有の事実も認め難いことは、第三項において認定したとおりであるから、結局本件境界に接する本件係争地については被告人の所有権以外には、他人の権利は全然存在しなかつたことに帰するをもつて、単にその所有権の帰属につき、係争中のゆえをもつて、被告人がその所有権の権限内でした本件境界毀損行為について、法令に因る行為の正当性を否定しようとする検察官の所論には、道義上は格別としても、法理上からは到底賛同し難いところである。
(4)、以上の理由により、本件は被告事件が罪とならない場合に該当するをもつて、刑事訴訟法第三三六条の規定に則り、被告人に対し、無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。(竜田義光)